【アウトドア部】相模原を基点にアウトドアを愛する、体育会系の部活動です。


アウトドア部の活動の告知や報告などを行います。
by outdoor-bu
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ryoma sakamoto
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アウトドア部 部員募集中!!
 相模原市内在住、在勤はお構いなく、アウトドア好きの方で部員の紹介があれば誰でも参加できます。現在部員は50名弱年齢層は30代が多いかな。
 毎年、花見・BBQ・キャンプ・釣り・素もぐり・ジェットスキー・スキー&スノボー・山登り・ほたる鑑賞・ハイキングなどを通して自然を愛し、日ごろのデジタルな生活からスローライフを取り戻そうという部活動です。
 部員はみな、それぞれに独立な生活を送っており、それぞれが今までの人生で体験したすばらしいものをまた他の部員にも体験してもらおうと言う主旨で、それぞれが独自に幹事になり、運営を行っております。
 「自然を愛することは、晴れの日も、雨の日も、雷の時も同等に愛することだ」とネィティブ・アメリカン(インディアン)は言った。晴れの日しか愛せないのは、自分の都合を望んでいるだけで、自然そのものを受け入れ愛することではないという。本当の意味で自然を愛することで、今より心の生活が豊かになれば・・。そう考えて運営してまいります。
どうぞこれからも宜しくお願いします。
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1月20日(土)21日(日)は京都へ行こう!

 しばらくの間、このページをお借りして京都案内を致します。お楽しみに!!
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by outdoor-bu | 2007-01-20 11:10 | ryoma sakamoto

竜馬マニア?田所先生

持ち物確認します。どうぞお忘れなく!スーツ・JCバッチ・ネームプレート(バスの方はまとめて持って行きます)楽な服装が好きな方は私服・MY箸。京都は案外寒いので、防寒対策はお忘れなく。旅館には、タオル・歯ブラシ類は完備しております。

あと、ご家庭でご不要なお酒やおつまみ類など差し入れ大歓迎です♪

現況で、往きのバスは29名で余裕があるのですが、帰りのバスは43名でちょっときついかもしれません。なるべくスーツケースは控えて小さめの荷物でお願いできると助かります。

さて、今日のお話は昨日の委員会後の懇親会でのこと。実は、田所先生は坂本龍馬マニア。私よりも、数段上行く、まさにマニアだったのです。知ってました??

だいぶお酒も進んで、日本の行く末の話しになりました。

田所先生「小池さんさぁ、「あの戦争」って言ったら、なんの戦争を想像しますか?」
小池「第2次世界大戦?」
田所先生「おいおい、小池さんともあろう人が・・大東亜戦争って言って下さいよ!」
(決して田所君、右寄りというわけではないので悪しからずお断りしておきます。)
小池「じゃぁさ、京都人に「あの戦争」って言ったら、何の戦争を想像すると思う?」
田所先生「応仁の乱に決まってるじゃないですか!」
小池「・・・・・その通りです。」
田所先生「まぁ、京都の歴史はそんじょそこらの街とは歴史が違いますからね。京都人の「おいでやす」って挨拶は、「よそ者は来るな」って言う意味なんですってね。
京都は三代住まないと住民として認めてもらえない土地なんですよ。古い町並みだし、古くから住んでいる人は、しきたりとかマナーとか、絶対気をつけなきゃいけないこととかを良く知っていますが、よそ者は知らないじゃないですか。例えば、京都の町も何度も焼けちゃってますけど、ちょっとした不注意で町中が大火事で一気に消失しちゃいますからね。田舎に住んでた人よりも、かなり火には気を使っていたと思いますよ。○×□▼※・・・・・」

と、言うように一部で竜馬気○がいと噂される私も、田所先生の前ではたじたじなのでした。ちょっと、意外でしょう?歴史はかなり詳しいです。(あと、ガンダムも)

そんな田所先生に、実は往きの車中の講師をお願いしております。ビデオの合間を見て時代背景や裏話等のご紹介があると思いますので、前の日に良く睡眠をとって、バスの中では寝ないで勉強しましょうね!
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by outdoor-bu | 2007-01-18 09:24 | ryoma sakamoto

京都会議LOMスケジュール

さて、来週の今頃は、日本JC奥原会頭の年頭所信演説の最中だと思います。ちなみに、京都の日程は下記の通り。

20日(土)
6:15 JCルーム集合
6:30 JCルームを出発(スーツは必ず持参して下さい。着用済みでも構いません。ブロックナイトは、スーツで全員参加です。)
13:00(頃) 京都到着
その後、セミナー参加者は、京都国際会議場でセミナー参加。その他の皆さんには、「幕末維新ミュージアム 霊山博物館」や「京都霊山護国神社」の坂本龍馬・中岡慎太郎のお墓参り、「龍馬・慎太郎が暗殺された近江屋跡

などをじっくり見学して学んで頂き、160年続いた江戸幕府が大政奉還された舞台、世界遺産の「二条城」の向かにある「京都国際ホテル」にて、神奈川ブロック協議会主催「ブロックナイト」に参加。その後、21時過ぎにお宿の「お花坊」へチェックインします。お花坊では、LOMナイトも行なわれますよ!!LOMナイトでは、京都寺田屋でデビューした、コント「寺田屋」のお二人もお呼びしております。その後は各自自由行動で、お楽しみ下さい。

翌21日(日)
7:50 お花坊チェックアウト
9:00 京都会議 会頭所信演説(スーツ着用)
13:00 鳥羽・伏見の戦いで有名な伏見地区へ入り、鳥せい(本店)にて昼食
ここは、下見で食べに行きました
が、な、なんと2時間待ちの大行列店です!店員さんも気さくで、かわいく、なによ
りおいしい鳥料理を召し上がれ!

14:00 寺田屋襲撃事件で有名な、「寺田屋」見学及び、竜馬通り商店街視察。この商店街は、龍谷大学の学生が町おこしに加わり、見事に元気な商店街として復活を遂げ、全国的にも注目される商店街です。
この付近は、かっぱマークで有名な黄桜や月桂冠など酒蔵も多く並ぶ地域です。

15:30頃 伏見地区を出て、一路相模原へ!
22:00頃 相模原へ帰着予定です。

また、「MY箸」をご持参下さい。また、楽な格好で旅行を楽しみたい方は、私服可能ですが、セミナー・ブロックナイト・会頭所信はドレスコードがスーツになっておりますので、ご注意下さい!!

往きのバス内は、幕末青春グラフティー司馬遼太郎原作「竜馬がゆく」(6時間)を上映します。帰りは、NHKその時歴史が動いた「坂本龍馬編」や同じくNHKの「龍馬 その暗殺の黒幕」を上映予定です。

たっぷりと、幕末の志士たちの気概を感じて、会頭所信を聞いて、商店街で学ぶ。必ずや、今年一年のJC活動の一助となる「京都会議」です!!まだ、若干席も空いておりますので、「やっぱり行きたい!」「無理すれば行けそう!」という方は、小池にご相談下さい!

また、20日(土)18時半(橋本発)に新幹線で行く別便もございます。京都到着は21時過ぎの予定ですが、LOMナイトから参加できます。こちらは別料金ですが、「どうしても日曜日しか空いていない!」という方は、ご利用下さい。

新年総会、賀詞交換、韓国訪日と、お忙しいでしょうがこの機会に是非!!参加される方には、屈強の広報・渉外委員会にどうぞ、ご期待下さい!!
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by outdoor-bu | 2007-01-18 09:22 | ryoma sakamoto

武士道  新渡戸VS葉隠

バスはJCルーム前だけでなく、国道16号線 谷口陸橋下の信号機手前付近 横浜側 にも停車します。相模原南部方面にお住まいの方や電車で市役所まで来るのは大変!という方は、どうぞこちらもご利用下さい。現在、増田理事と伊藤君は谷口を利用するそうです。その他にも、国道16号を横浜に向かって、横浜ICから東名高速に乗りますので、途中で「ここから乗りたい!」という方はご相談下さい。出来る限り検討いたします。

さて、今日は2007年度会頭所信にも表れている、「武士道」についてです。

―武士道とは死ぬことと見つけたり。

で、はじまる文章は、皆さんも一度くらいは耳にしたことがあると思います。これは、江戸時代がはじまった辺りの享保元年に佐賀藩士山本常朝が口述した「葉隠」といわれるものです。

一種凄みのある被虐心理で書かれた武士道の書は、武士の道徳書として、江戸時代に殿様や武士に支持を受けたようです。特に殿様は、「武士なるものは、ただ一死をもって佐賀藩の為に尽くすべしというにあり、天地の広き、藩士の多きも、佐賀藩より貴かつ重なるものあらざるがごとくに教えたるものなり。その開巻には”釈迦も孔子も楠も信玄も、かつて鍋島家(佐賀藩の殿様)に奉公したる事なき人々なれば、尊敬するに足らざる”」という部分で、藩士である武士たちにこの道徳を半ば強制して、道徳書として採用・普及に努めたようです。

現在で言われる「武士道」とは、新渡戸稲造著の「武士道」と解釈されて、『武士=イギリスの騎士』のように捉えられているようですが、元は封建制度の中で、君主には絶対服従をさせる為に普及された、人々の自由を道徳面から奪うものだったのです。

当然、佐賀藩ではこの「葉隠」を使って道徳教育を行なった為、藩の命令には犬のように従順な藩風があったといわれています。その証拠に、幕末時に多く出た「脱藩者」(坂本龍馬は2回脱藩している)や志士といわれるものたちは、佐賀藩では数名程度しか確認されていません。

のちの早稲田大学を創設した大隈重信は、佐賀藩の出身でこの「葉隠」教育を憎悪するほど嫌っていたといわれています。「佐賀藩の学制は、幾多の俊英を凡庸たらしめた」このことの反発が、今の早稲田大学を開くきっかけになっているやも知れません。

最近良く耳する「武士道」も、「葉隠」と「新渡戸著版」ときちんと意味を分けて、現代風にアレンジしたものが必要かもしれませんね。
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by outdoor-bu | 2007-01-18 09:18 | ryoma sakamoto

伏見の町

さて、今日は日曜日に行く、伏見の町のお話。伏見は、万葉集や日本書紀に記されたほどの古い歴史を誇り、万葉集では「巨椋の入江と響むなり 射目人の伏見が田居に 雁渡るらし」と詠まれ、これが伏見の語源ともつながります。

かつては巨椋池を背景にした風光明媚な伏見桃山・中書島は平安時代には都人の遊興地として愛され、また、伏見城が豊臣秀吉によって築かれました。秀吉の没後、天下を掌握した徳川家康が、商業港湾都市としての整備を行い、淀川三十石船をはじめ、大小の船が行き交う港町として繁栄しました。

伏見は「伏水」と記されたほど、豊かな伏流水に恵まれた土地で、伝統の酒造りもこの頃から本格的になりました。今もなお、まちには酒蔵が立ち並び、全国有数の酒どころとしての風情を感じさせてくれます。

伏見の酒造りの歴史は古く、脈々と受け継がれてきた酒造りの伝統が花開いたのは安土・桃山時代のこと。

太閤秀吉の伏見城築城とともに城下町として大きく栄えた伏見は、酒の需要が高まる中で徐々に全国にその名を知られるようになりました。江戸時代には宿場町・港町として水陸交通の要衝となりさらに発展、酒造家も急増し酒どころの基盤がつくられていきました。

今では新潟のお酒が有名ですが、私たちが子供の頃、お酒といえば月桂冠や黄桜が主でしたよね。それは、伏見の酒屋は需要の多い、京都・大阪のちょうど中継点にあることと、十石船・三十石船といわれる水運が盛んであったことが理由とされています。今でも、お店を開く時は、交通の要所であることを重視しますよね。重いお酒は、当時船で運ぶのが一番楽でした。商売繁盛のためには、運送手段が今よりもコストのかかることだったのです。

そこで、古くから日本各地に船を利用して、運搬することが可能であった伏見の酒は重宝されたということもあるようです。

また、伏見は名水の宝庫。お昼ごはんを食べる「鳥せい本店」横の「白菊水」黄桜酒造本店蔵内の「伏水」月桂冠大蔵記念館内の「さかみづ」などなど、その他にも多くの名水があります。空の水筒をご持参下さい。

また、伏見は明治維新後の旧幕府軍(徳川慶喜や新撰組)と、薩摩・長州の官軍が激突した鳥羽・伏見の戦いでも有名なところです。

圧倒的に優勢なはずの幕府軍は、偽の錦旗を立てて官軍である誇張をした薩摩・長州軍に敗れてしまいます。そこら辺の事情は長くなるのでまたにします。

古くから、その時代時代に合わせて変遷してきた「伏見」の町には、(株)伏見夢工房というTMOがあります。TMOとは、「Town Management Organization まちづくり会社」のこと。会社組織で中心市街地の活性化を目指す、地域の企業が出資した株式会社です。

まちづくりも京都会議の勉強の一つですが、セミナーもご利用下さい。
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by outdoor-bu | 2007-01-18 09:18 | ryoma sakamoto

複雑怪奇?

 京都は全国的に見ても、難読地名が多い街です。歴史のある街ほど、難読な地名が多いようですね。

 現代人に読めない古来の読み方や、特殊な人名や出来事に由来する地名らしくない地名。時には、習ったことのない、かつ画数のやけに多い文字が出現して、いきなりギブアップということも少なくありません。

例えば、「一口」はなんて読めますか?ワードで再変換しても出ませんよ。

回答とその由来はこちら

では、「不明門」これは?

答えは、こちらは有名なようでワードで再変換すると出てきますが、「あけず」と読むそうです。わかりましたか??

他にも難しい地名はこちら 

 さらに読み方だけでなくて、京都の町名はやけに細かく分かれていて数が多そうです。
ちなみにYAHOOの地図で、住所から検索/全国→京都→中京区をのぞいてみると、約500の町名が並んでいます。東京都千代田区では町名が70ほど、と比べるとその多さは、圧倒的です。

 読みにくい地名が多い上に入り組んでいて、どこにあるのか分らない町を捜すのは、京都人としても至難の技であったようで、通り名を活用して所在地表示することが一般的になっています。

 河原町通四条下ル東側といえば、阪急百貨店のあたり、と分るそうで、下京区順風町など町名でといわれると、京都人でも分らなかったりするそうです。よそ者の私たちが、町名でピンと来るには、だいぶ時間が掛かりそうです。

宿泊先でお世話になる「お花坊」の住所も、「説明しづらいので何とかなりませんか?」と、当日現地集合の石川君に言われましたが、大丈夫。京都の人はこれで分かります。

京都府京都市下京区不明内通下珠数屋町上ル卓屋町66-2(東本願寺前)
北海館 「お花坊」
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by outdoor-bu | 2007-01-18 09:16 | ryoma sakamoto

四葉のクローバーが幸せはこぶ

いよいよ、来週の今頃は京都ですね!今回、13日の正午現在の京都会議参加者は、49名!前乗りで水曜日くらいから、続々京都入りするメンバーもいるようですね。

さて、前乗りしたメンバーが必ずお世話になるのが、タクシー。なかでも、三つ葉のクローバーのマークで知られています「ヤサカタクシー」には、秘密があります。
実は、営業車1200台の内4台はクローバーのマークが四つ葉になっています。(実に300台に1台!)

これは、「三つ葉のマークに落ち葉がくっついて、まるで四つ葉のクローバーのように見えた」という利用者の投書がヤサカタクシーに寄せられ、正式に四つ葉のタクシーを導入しようというはなしになったらしいです。

この四つ葉タクシーは、予約は受け付けず、またタクシー乗り場で待機することもせず、いわゆる「流し」専門で走っているそうです。そして、乗車すると「記念乗車証」がもらえます。

この四つ葉のタクシーに乗ったお客様には幸せな出来事が起こるという評判なんだそうです。前乗りで京都入りする方は49名中、16名!京都でタクシーに乗るときには是非!チェックしてみて下さい。いい事あるかもよ♪
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by outdoor-bu | 2007-01-18 09:06 | ryoma sakamoto

血液型占い

さて、参加申し込みに皆さん色々書き込みを頂き有難うございました。みな心温まるもので、うれしく思います。動員返信のFAXに一言添えてもらえると、うれしいものですよ!そんな中でも、ある人物。

委員会名のところに「坂本先生を愛する会」所属になっている方がいました。おいおい、あんたは広報・渉外委員会ですから!って我が最強広報・渉外委員会のメンバーでした。ちなみに、彼は人の性格を血液型を持って判断する人です。

人の顔をみて、両親の血液型まで当ててくれます。ちょっとおもしろいので、機会があったら是非彼の血液型人物判定を受けてみて下さい。知らない自分が見つかるかも・・。

ところで、坂本龍馬の血液型はなんでしょう??実は、近江屋で中岡慎太郎と最後に刺客に襲われた話は以前に致しました。その2日前に、梅椿図という掛軸を贈られています。頂き物ですから、当然床の間に飾ってあり、刺客に襲われた際にも、その場にあったそうです。その梅椿図は、国立京都博物館に所蔵され、重要文化財に指定されています。名前を「血染の掛軸」に変えて。

そう、坂本龍馬が暗殺された時、龍馬の返り血がその掛軸に飛んでいるのです。http://www.kyohaku.go.jp/jp/syuzou/index.html(国立京都博物館 「血染掛軸」で所蔵品検索すると見れます。)

この血痕を調べれば(DNA鑑定)龍馬の血液型もわからないことはないと思うのですが、実際には調べられていません。複数の人の血が混じっているからなのか、重要文化財が傷むからなのかわかりませんが、是非一度調べてもらいたいところです。
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by outdoor-bu | 2007-01-18 09:05 | ryoma sakamoto

黒幕はグラバーか!?

去年、世界中で大騒ぎになった、ダビンチコード。実は、キリストに子供がいた!!ってお話しでしたね。さて、それを隠していたのはフリーメイソンのメンバーたち。

坂本龍馬とフリーメイソン??とっぴな話ですが、実は坂本龍馬の活躍は黒幕なしでは考えられませんでした。土佐の脱藩者、一匹狼の坂本龍馬は、薩長同盟を結ぶ際にも、薩摩名義で長州に最新式の銃を7000丁も仕入れています。

もしあなたが、現代の起業者で在ったとして、政府ご法度の武器を7千丁も仕入れることが出来るでしょうか?密輸である上にその購入代金は莫大なものです。しかも現地(上海)で買い付けるのではなくて、日本にいて購入するわけです。さらに、代金は後払い。

いやいや普通の商人・バイヤーなら有り得ないことです。まず、信用がなさ過ぎる!独立して(海援隊を立ち上げて)たった三ヶ月で、いくら薩摩の後ろ盾があったり、時期的にもアメリカの南北戦争が終わって、武器がだぶついていたといっても、銃はヨーロッパでも市場投入されたばかりのピッカピカの最新銃。昨日今日独立した坂本龍馬に取り扱える「ブツ」では到底無かったのです。

そこで、出てくるのが、黒幕。勝海舟?大久保一翁?松平春嶽?一説では、全ては明治維新後の薩摩・長州の活躍ぶりにへそを曲げた勝海舟の作り話という説もありますが、そんな小さな話ではありません。

黒幕は、長崎の商人グラバーです。長崎の洋風建築「グラバー邸」で有名ですね。と、言ってもグラバーは手先でしか有りません。グラバーは実は日本に来る前に、上海にいました。そこで、なんとフリーメイソンに加盟しているのです!

当時、日本に内戦を起こさせようと、フランスが幕府に。イギリスは薩摩に。てこ入れをしていました。すなわちフランスは幕府に武器を安く提供し、イギリスは薩摩に武器を提供していました。そのイギリスの名前で暗躍していたのが、フリーメイソンのグラバーだったというのです。

(以下、ヒロさん日記より抜粋)

 1866(慶応2)年、日本にメーソンのロッジが初めて設立されている。英国陸軍第20連隊が香港から横浜の居留地警備の為に派遣され、この連隊に軍人結社「スフィンクス」があり、これがアイルランド系の移動式ロッジで、メーソンの儀式を行っている。<中略>

 フランス人でベルギーのメーソンだったシャルル・ド・モンブランは、薩摩藩の五代才助(友厚)に近づき、1865年、ブリュッセルで五代と共に商社を設立している。又、薩摩藩からパリ万国博覧会の事務総長に任命されたりしている。

 プロシア(独逸)のメーソンであったエドワルド・スネルは、長岡藩の河井継之助に接近して、長岡城の戦い(1868年、官軍との戦い)を援助している。戊辰戦争の最後の戦いとなった五稜郭の戦いでは、フランスのメーソンのブリュネが、榎本武揚ら徳川家臣幹部と共に五稜郭に立て籠もり、最後まで官軍に抵抗し敗れる。

 これらの動きを見れば、明治維新は、フランスを中心とするヨーロッパ系メーソンと、大英帝国系メーソンが触手を伸ばしていた中での代理戦争だった観がある。「メーソン特有の“両面作戦”がとられた。そして結果的にはイギリス系のメーソンが勝利を収めたのである」と評されている。


フリーメイソンは、ちょっとJCっぽいところがあります
(ウィキペディア)

ロッジと呼ばれるJCで言うところのLOM。ちなみに日本JCのようなグランドロッジと呼ばれるものもあるようです。

同じフリーメイスンでも、ロッジが違うと利害関係がだいぶ違うそうですので、明治維新前後に行なわれたこのフランスとイギリスのロッジの対決は、小さい話で言うと新相模原市における津久井地域と相模原地域、お互いの賀詞交換会の相模原市長(天子)の争奪戦のようなものでしょうか(笑)??

ちなみに、坂本龍馬もフリーメイソンに入会したといわれていますが、実際の資料は残っていません。
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by outdoor-bu | 2007-01-18 09:04 | ryoma sakamoto

花街の歩き方

さて、今年度は日本JCや神奈川ブロックなどに出向者が、な、なんと52名もいます。日本JC出向者は早い人で水曜日から京都に滞在します。長く京都にいると夜のしきたりも勉強しなくてはなりません。そんな出向者の皆さんのために、今日は京都の「いちげんさん、お断り」の謎について勉強しましょう。

京都には現在でも祇園甲部・宮川町・上七軒・先斗町・祇園東の5ヶ所が「花街」と呼ばれています。

花街には「お茶屋」といわれる料亭があり、客が望めば客間(お座敷という)に舞妓さんを呼び、「お座敷遊び」を楽しむことができますが、一般人はそうそう経験できるものではありません。
なぜなら、ここに「いちげんさん、おことわり」の精神(店になじみのない人は、入店させません」という取り決め)が脈々と受け継がれているからです。

インターネットの普及する現代になぜ、このような取り決めがあるのでしょうか?まずは、「花街」のしくみついて説明します。

「花街」には「お茶屋」と「置屋」があり、「お茶屋」は客をもてなす場です。このもてなすというのは、座敷で客においしい料理や酒を振舞うということだけではなく、お茶屋は客へ対するもてなしはもちろん、宿泊先の手配、その季節に合わせた観光コースのプランニングもしてくれます。言ってみれば、客の京都旅行をプロデュースする旅行会社の現地代理店のようなものです。

さらに、宴の席で客からの要望があれば、置屋に連絡をいれ、舞妓さんにお座敷に来てもらうよう手配してくれます。客は個人的に舞妓さんを呼ぶことはできません。必ず、お茶屋から置屋に連絡するしくみになっています。

「置屋」というのは、客を遊ばせる場ではなく、舞妓さんや芸妓さんの生活の場です。舞妓さんは「置屋」で生活をし、夕方になると、連絡してきたお茶屋にそれぞれ向かいます。ここでの生活も、昼間は稽古事をみっちり仕込まれます。華やかな世界の裏に、厳しい現実があるのは、どこの世界でも同じことです。

さて、ここからが本当の「いちげんさん、おことわり」についてです。お客さんは「お座敷遊び」を終え宿泊先へ向かう際、お茶屋の女将にお勘定をしようとしても、女将は受け取りません。

女将は、客が遊ぶための代金のすべてを、なんと立て替えるのです。料理代・宿の宿泊代・花代(舞妓さんの報酬のこと)などすべてを!客は、後日銀行の口座へそれらの代金を振り込むというしくみです。

つまり、花街では現金でのやり取りはされません。楽しく遊んだあとに、現金のやり取りでは興ざめといったところなのでしょうね。

その場でお金を使わせないで気持ちよく遊んでもらう代わりに、信頼できる人しか遊ばせない。初めて見るような、信頼関係の築けていない「いちげんさん」には遠慮していただくと言うわけです。

このような、なかなか入れないお店を、「敷居が高い」といいますね。

蛇足ですが、例えば宴の席で仲良くなった舞妓さんに、「今度一緒に遊びに行きましょう」なんて誘うとします。すると、舞妓さんは絶対に「よろしゅうお願いします」と言ってくれることでしょう。

ここで、「やった~、誘いに応じてくれた!」などと有頂天になってはいけません。これを訳すと、「よろしゅうお願いします」=「お断りします」となります。なんでこんなと思われるかもしれないですが、「(他の客の前で)客に恥をかかせてはいけない」という気遣いなのです。悪気があるわけではありません。

粋な京都の心遣いといったところでしょうか?遊ぶ方も「粋」に遊びたいものです。
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by outdoor-bu | 2007-01-18 09:00 | ryoma sakamoto